あの空の下で

レビュー

わたしの大事な「あの人」へ

旅をする時の心の動き、とりわけ飛行機で移動する、その感覚。
旅慣れた主人公もいれば、飛行機で海外は初めてという主人公もいた。
恋を失ったひとも、恋の最中の人も。

ここにはいない人を遠い地で思う。離れているからこその気持ちが
真っ直ぐで正直にあふれる。
現在にも過去にも、置き去りにした思いにも、向きあうことになる。

短篇小説の間にはさまれたエッセイも、吉田修一的目線を巡らせた
世界各地の思い出が鮮やかだった。

「自転車泥棒」、「男と女」、「恋恋風塵」、「流されて」などがとりわけ印象的。

1つ1つの話が短かくて読みやすかった

1つ1つの話が短かくて読みやすかった。旅の話が中心で、短い文章の中でもきちんと主人公の日常や気持ち、各国の情景が表現されていて読み応えがあった。個人的には「男と女」や「流されて」などの恋愛系の話が好きだった。「男と女」の話の中で、男が女にデートコースを選ばせる場面はよくこんなこと平気で言えるなと感心した。また、「流されて」はどんな男と結婚するのが幸せか真剣に悩んでいる女性と現実的で無粋な男の話で、男の悪気のない正直が言動がよかった。

「悪人」から見るとちょっと軽い

ANAが発行する機内誌に連載された作品の単行本。

快作「悪人」でまさに悪意の含まれた人間ドラマ、
愛憎劇を描いて見せた作者の作品とは思えない、軽いタッチの小品集。

企業PR誌という性質上、クセのある、陰影の深い作品になりえないことは十分承知だが、
ありていに言えば、「小遣い稼ぎ」的な仕事と言えなくもない。

そうは言っても名手の手にかかれば、
旅と飛行機に絡んだエピソードは、十数ページの作品としては、
十分に読めるものに仕上がっている。

しかし、この作品を読んで泣けるというのはどうでしょうか?
ちょっと理解しがたい。

思いは空も時もこえ

飛行機の旅は、チェックインだパスポートコントロールだ、やれ靴を脱げだジャケットを脱げだといわれとばたばたと50,100とあるゲートから自分のゲートへ向かい、席にたどり着くまで、ただの移動であるのに、なんだか大変で不自由である。仕事がらみでのフライトであれば緊張しているし、家族を案じてフライトする事もある。

飛行機に乗っても、やれモバイルは消しなさい、荷物、そこはだめ、コンピューターはまだ使ってはいけませんといった指示に神妙に従っているしかない。

そんなときに、心ほぐされるのが結構機内誌なのである。

その機内誌での連載をのせたこの本。吉田の書く一つ一つの短編は、かりかりした気分をさらりとかわすかのようにあくまでも程よくライトなタッチで書かれてよい。しかも、ライトなタッチであっても一つ一つの作品に、しっかりとメッセージがあり、胸がじんとする。それが吉田修一の才能なのである。

多くの短編の中でも、私のお気に入りは、”東京画”。学生時代からの友情が時と環境によって関係がかわってくる話だ。“親友かといわれれば、堂々と「そうだ」とうなずけない所もあるが、......二人揃って「まさかこんな奴と」と、堂々と否定できるくらいきっと親友だったのである”。この作品には、学生から大昔学生だったそれぞれの読者がきっと、ほんの一時、時を超えさせる力がある。

エッセイでは台北での旅がよい。地元のおばちゃんが言葉の違い等におかまいなしに、“口が汚れているから拭いていきなさい”を伝えようとする。グローバル等というまでもないような、素朴な人の優しさを感じる事ができ、感謝する作者に好感を抱く。

どの作品も、人が寂しさやふがいなさのなか生きている事を見守りつつも、時や場所を超えて届く、ひと雫ずつの愛や友情のあかしをさりげなく見せられることによって、ちょうどいいくらいに少しだけ心地よくしてくれる。

たびたび旅

最近、女性誌の特集で吉田さんがブータンの旅について書いたものを読んで以来、吉田さんの旅記をもっと読んでみたいなぁ、と思っていた。 そんな矢先、書店をブラブラしているときにこの本を見つけたので、「俺の旅観こんな感じ。おまえも今度一緒に行く?」的な吉田さんからのお誘いじゃないの的な妄想にニマニマしながら買ってかえった。 家の中ではごく普通の生活が営まれているのに、一歩街に出れば、祭の人出の中を漫ろ歩いているようなワクワクを感じられる香港が大好きなので、この街が舞台の「恋する惑星」に堪らなくやられました。 旅エッセイも吉田さんが垣間見られてよかったです。 今度日常生活のエッセイも書いて欲しいなぁ、と思いました。