- 書名: 自動起床装置 (新風舎文庫)
- 作者: 辺見庸
- 出版社: 新風舎
- 出版日: 2005-02
- 定価: ¥ 691
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レビュー
忘れられがちな睡眠と相対する起床をテーマとした素晴しい作品
【自動起床装置】は、仮眠室の人達を決まった時間に起こす【起し屋】のアルバイトの話です。
自動起床装置の導入によりお払い箱になるかもしれないと言う、二人が感じる何か得体の知れない物による危機迫る感じが面白かったです。
そしてふたを開けてみれば自動起床装置の正体は無様で滑稽な【ゴムびき布袋】でした。
ですが、誰も気にかけてなどくれないのです。起床が睡眠のようにデリケートなものであると言う事を。
この本を読んでみて成る程なと思いました。確かに睡眠と言う行為に対してはデリケートなのに、それに相対する起床が余りにも乱雑に扱われている。しかもそれはこの世界の殆どの人がそれを行っている。目覚まし時計などを使って。でもそうやって起床をコントロールしなくては生活できなくなっている。その矛盾を歯がゆくも思いました。
この本に所収されているもう一作【迷い旅】はポルポトとの戦争の頃のベトナムだか、ミャンマーだか、カンボジアです。おそらくですが、作者がジャーナリスト時代の経験を生かした作品で、半分エッセイと言うような印象を受けました。
なお【自動起床装置】は【第105回(1991年上半期)芥川龍之介賞】受賞作です。
眠り
いかに睡眠時間を削り活動時間を増やすかに注力してしまいがちな現代思想。
それに真っ向から疑問を投げかけ、社会に一石を投じている。
本当に重要なことは眠りの中にあるのではないだろうか。
われわれの知らない時空間の記述
眠るという行為は、ある意味非常にネガティブな部分であろう。何も生産することはなく、ただ時間を浪費する。たしかに、必要以上の眠りはそうであるが、必要な眠りには次の生産への準備という重要な役目がある。その眠りに関する記述、われわれが普段接することのない時空間の記述が非常に力強く、美しい。覚醒時と睡眠時の呼吸、早朝の音の色合い、それらはわれわれが普段意識しないことばかりだ。仮眠室に来る人間は、暗がりのため顔が見えない。そのため、仮眠室の外では昼間すれ違ってもわからない。声により推測し、顔をみてびっくりするなど、あたり前のことにはっとさせられる。眠りという生理現象を周辺をも巻き込んで文学にしてしまった著者に脱帽。おすすめです。
王子様のキスで目覚めたい
寝ることが趣味で、ヒマさえあればいつでもどこでも眠っている、という人、案外たくさんいるのではないでしょうか?某マンガでは眠っている間に鮮やかに事件を解決してしまい、それを疑問にすら思わぬ名(謎?)探偵も登場するくらいですし。本作『自動起床装置』にて描かれているのは眠りです。
作中で描かれている企業戦士達は、文字通り寝る間も惜しんで働くエリート達。でも人間であるからには眠らずにはいられません。彼らを起こすアルバイトをする主人公と、聡というバイト仲間。
起きている時間は大切です。バリバリ働くのも起きている時間です。でもだからといって睡眠時間は覚醒時間に従属するものではない。そう言われればそうです。現代人が誤解している部分を衝いてきました。
ただ機械的に起こすだけなら目覚まし時計で充分だろうし、本当に快適な目覚めを追求する贅沢をするのなら、人間の起こし屋の方が良いでしょう。どっちつかずなはずの自動起床装置と、それを利用する人間の姿に、現代人の読者は何を見出すでしょうか。
純文学としては、ラストで主人公と聡をもっと打ちのめしてほしかったところですが……
行間に込められていること
第105回芥川賞受賞作品の『自動起床装置』と『迷い旅』を併録している短編集。まず、『自動起床装置』は115ページと短くとっつきやすい。主人公は眠りという生理行動を遮る「起こし屋」という仕事をしている。その主人公は仕事のパートナーの影響によって「眠り」ということについて様々なことを感じ、考え始める。
「眠り」というものは起きている状態より大切でデリケートなものであり、それを人間が遮るには物凄く労力を使う。それにもかかわらず、「眠り」を自動起床装置という機械を使って妨げることはどういうことなのか…
文章の表面には出てこないが、行間で現代へ警鐘を鳴らしていると思う。
普段「眠り」ということについて考える機会はほとんどないため、本作品を読んで、「眠り」ということについて考えてみるのも良いと思う。
次に、併録されている『迷い旅』はカンボジアの戦場にむけての旅を描いたもの。旅のきっかけや理由とはなんなのかということを考えさせられる作品である。
ソレデハ…
