亜愛一郎の逃亡 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)

レビュー

亜愛一郎最後の事件簿

◆「赤の賛歌」

  赤を基調とした画風で、一世を風靡した鏑鬼正一郎も現在では、画壇を牛耳る、
  ドンとしての政治活動ばかりが目立ち、絵からはかつての輝きが失われていた。


  母を火事のために亡くした鏑鬼正一郎を弟とともに
  引き取り、育てた伯母夫婦のもとを訪ねた亜たち。

  そこで聞いた話から、亜は鏑鬼正一郎の驚くべき秘密を見抜く……!!


  ケガをしても絶対に赤チンを使わず、スジコやイクラ、タラコ、西瓜が嫌い。
  お酒は好きだが、ワインやブランデーなどは駄目――。

  こうした伯母たちによって何気なく語られる鏑鬼の嗜好や少年時代の  
  エピソードと彼の画風とを結びつけ、秘められた真相を見破る亜。

  手がかりの配置が絶妙かつフェアで、終盤に伏線が
  漏れなく回収されていくのが、実に気持ちいいです。

  また、亜と同行する男嫌いの美術評論家もいい味だしてます。



 ▽付記

  米澤穂信さんは『クドリャフカの順番』の中で、文化祭における美術部の
  展示作品名を「青の賛歌」としており、本作にオマージュを捧げています。

あたたかく、幸福な大団円

◆第一話「赤島砂上」

 裸体主義者クラブ(!)の集会が舞台。

 
 トリックは、今では普通にことわざとして流通している
 〈ブラウン神父〉シリーズの「アレ」が用いられます。



◆第二話「球形の楽園」

 完璧な密室状態の丸いカプセルの中に、前頭部に打撲傷、
 背中に突き傷を負った男の死体が…。


 強迫観念に囚われた人間の視野の狭さには、
 身につまされるものがあります。



◆第三話「歯痛の思い出」

 病院での呼び出しである、


 「亜さん、井伊さん、上岡菊けこ……?」


 が、とにかく印象的。



◆第四話「双頭の蛸」

 北海道の湖に現れたという双頭の蛸を取材するため
 駆けつけた記者が遭遇した殺人事件。


 一枚の写真を見るにしても、人は自分の
 「見たいもの」しか見ない、ということでしょう。



◆第五話「飯鉢山山腹」

 車体に書かれていた「ニウ島産(屋島ウニ)」の謎。



◆第六話「赤の讃歌」

 赤を基調とした絵で名を成し、
 画壇のドンにまで上りつめた画家の話。


 終盤、すべてが裏返され、反転していく、
 逆説の論理が展開されていきます。



◆第七話「火事酒屋」

 火事が好きでたまらない酒屋の主人が遭遇した
 不審火の現場から発見された他殺死体。

 主人は放火と殺人、二つの容疑をかけられるのだが…。


 集中の白眉。

 背が低いために、消防士になれなかったという
 酒屋の主人の人物像が、事件の構造と有機的に
 結合しているのが、じつに秀逸。



◆第八話「亜愛一郎の逃亡」

 雪中の離れから、亜はどのようにして
 足跡を残さず、忽然と姿を消したのか?


 亜の正体が明らかに。

 祝祭的なラストの幸福感は格別です。

さそりのダンス

 「結論に達した時、自分でもびっくり仰天して、うまく言葉が出てこないだけです。
落ち着かせて順序よく話を聞く価値がありますよ。」
と、いっしょにいる学者に紹介をうける、美男子の亜愛一郎が主人公。
 きちんとしたトリックをつかった推理小説短編集の3冊目です。

 1冊2冊ときて、3冊目はちょっと無理かなと思うトリックもありました。

 でも、「屋島ウニ」の車のトリックなど、
「うーん、なるほど」
とうならせられました。
 シリーズがこの巻で終わりは残念です。
 品がよくて楽しい短編集です。
 

トボけた魅力に5つ星

気弱なカメラマンだが事件が起こればたちまちにして解決してしまう、謎の青年・亜愛一郎(ア・アイイチロウ)。虫だの珍しい雲だのばかり撮っている地味地味カメラマンだが、カメラマンのくせにファッションは常にパリッとした一流品で恐ろしく美形。そして格闘になれば何故かバカ強く、一体どこの誰なのかもわからない。

魅力的なキャラクターだが残念なことに「狼狽」「転倒」そしてこの「逃亡」の三部作で終了。
三部の最後では愛一郎は実は××だったことが明かされ、遂には・・・。う~ん、こんな終わり方をするシリーズは多分世界でも唯一でしょう。
マジックにも詳しい作者の見事なトリックに脱帽。