大政翼賛会前後 (ちくま文庫 (す18-1))

レビュー

戦前の貴重な資料にもなっている

著者が若き日をふり返って昭和初期から終戦までの自分の身の回りの出来事を率直に語る。著者は昭和9年に東京帝大を卒業しながら同級で就職が決まっているのが3分の1くらいしかおらず、卒業後も1年余り元の下宿でぶらぶらしていたのち、ようやく田舎中学の教師に採用される。その後田舎暮らしにいたたまれず、友人の紹介で中央公論社に入社するが、そこも長続きせず、やはり人の紹介で大政翼賛会の職員となる。

大政翼賛会はもともと昭和研究会が母胎になったもので、近衛文麿の一高時代の同級生だった後藤隆之介が近衛に天下を取らせようと念願して設立されたものである。よって昭和研究会は近衛公の私的諮問機関に過ぎなかったのだが、創立時の幹部に河合栄治郎、蝋山政道、前田多門、有馬頼寧など、当時の錚々たる人物が並べたので近衛公の声望と相まって、多大な期待を寄せられた。その頃、近衛公の人気は異常としかいえないほど沸騰しており、一種のお祭り騒ぎでいろんな人々が取り残されては大変と馳せ参じた。それでますます人気がふくれ上がるという状況になったが、今から見れば単なる大きな泡のかたまりに過ぎなかったと著者は書く。

大政翼賛会の話はもちろん、当時何とか軍部に抵抗の姿勢を示していた中央公論社の様子や戦前の吉原とその遊び方まで書かれてあって貴重な資料になっている。