石川淳短篇小説選 (ちくま文庫 い 24-4 石川淳コレクション)

レビュー

作風確立の過程

 巨匠石川淳の、戦中から戦後の約三十年に書かれた短篇たち。
 さすがの石川淳も、最初の頃はけっこう書きにくい体験もしていたんだなあと、「マルスの歌」では読みとれます。
 「影ふたつ」「灰色のマント」「まぼろし車」などでは、観念的な幻想が使われて、ちょっと生硬な感じがして残念とも言えます。
 ただ、歴史の枠を応用した「喜寿童女」「金鶏」「ゆう女始末」などは流石です。素晴らしい出来栄え。
 なんとなくナボコフ的なところがあるように、つまりどこか形而上なところが含まれているようにも思えます。
 副島蒼海が、石川九楊の言うとおり能書として書かれたり。
 最後の短篇では、著者自身批判した文化大革命もちょっと書かれています。

多種多様な短編小説。

石川淳の短編小説を15編選んで文庫にしたものがこれである。

本書を読む前、私はこの作家の文体がスゴいという評判を聞いていたのだが、たしかにスゴかった。
平仮名と漢語を駆使したエネルギッシュな文体は独特の味わいがあった。
読点が多めの作品が多かったが、気にならなかった。

ただ当然ながら、物語の面白さは作品によりマチマチであった。
頭でっかちで如何にも純文学然とした小説と、コミカルな小説の落差が激しかった。
作者本人は両者を明確に書き分けていたつもりだったのかもしれない。
全体的に思いの外女体描写が多かったことも付記しておきたい。

以下、全作品の雑感を述べさせて頂く。

【マルスの歌(昭和13年発表)】評価:★★☆☆☆
自殺した女の妹と女の夫の逃避行を小説家視点で描いたメタフィクション。
話が尻切れトンボ過ぎて頭の悪い私には何が良いのだか分からない。

【黄金伝説(昭和21年発表)】★☆☆☆☆
壊れた時計と帽子と恋した女への思い、また女との再会を描いた掌編。
前作にも増して訳が分からなかった。

【無尽燈(昭和21年発表)】★☆☆☆☆
旧友の妻である女に思いを寄せられて結婚した男が、今度は妻になった女に浮気されて……という話。
作者の思想が随所に挿入され、かなり純文学然としているが如何せんタイクツな筋書きであった。

【焼跡のイエス(昭和21年発表)】:★★☆☆☆
焼跡の市で握り飯を盗んだ少年の話。握り飯の売り子は体つきの良い女である。
短過ぎて残るモノが無い。作者としては少年をイエスになぞらえたかったらしいのだが。

【かよい小町(昭和22年発表)】:★★★★☆
遊廓に勤めている艶やかな女と共産党ファンの女を、男目線で描いた話。
男の思考の飛躍・女の乳房へ寄せるアツい思いが凄かった。コミカルで面白かった。

【雪のイヴ(昭和22年発表)】:★★☆☆☆
体つきの良い靴磨きの女と、靴磨きをして貰った男の遣り取りを描いた話。
これもよく分からん。

【影ふたつ(昭和25年発表)】:★★★★☆
額縁づくりで糊口をしのぐ男と、男と結婚してから先夫へ惹かれ出した妻、先夫の現妻の話。
ほど良くゴチャゴチャしていて面白かった。

【灰色のマント(昭和31年発表)】:★★★☆☆
戦時中に大陸で悪事を犯した元日本兵が13年経ってから過去の影に苛まれる話。
これはまずまず。

【まぼろし車(昭和31年発表)】:★★★★★
なんとなくジョジョのスタンド(?)めいている怪奇ファンタジー(?)。
純文学系の作家がこんな面白いファンタジーを書くとは思わなかった。

【裸婦変相(昭和34年発表)】:★★★★☆
画家の夫と妻が、出会ってから1年後に怪異に逢う話。
締め方が貧相な気がしないでもないが、面白い。

【喜寿童女(昭和35年発表)】:★★★★★
タイトルからして妖しいが、まさにその通りの話。
昔実在した娼婦に関する古文書を作者が発見して小説化した、というタテマエの作品である。
どこまでが創作だかは分からない。全部創作かもしれないが、読み手にとってはどうでも良い。
他作品にある女体描写がこの作品に限って少なめなのは残念だが、ネタの活きの良さは揺るぎようがない。

【金鶏(昭和38年発表)】:★★★★☆
中国の北宋を舞台とする小話。これは軽いノリで読める。
世界史の有名人が出てくるサービスも心地良い。

【ゆう女始末(昭和38年発表)】:★★★☆☆
明治時代のとある烈女の一代記、という体裁の作品。大津事件を題材としている。
急き立てるような文体はかなり素晴らしい。他と比べて読点が少なめなのも嬉しい。

【鸚鵡石(昭和41年発表)】:★★★★☆
豊臣秀頼の子供である国松をネタにした時代小説。これも軽いノリで読める。

【鏡の中(昭和42年発表)】:★★★☆☆
元不良の床屋さんの独白録。読み易いが、結構深い。

抜群のおもしろさ

小学生のとき以来、石川淳を読むのは久々なのだが、滅茶苦茶おもしろい。小説の企みが非情にうまい作家である。初期の芥川賞受賞作家ということだが、考えてみれば、綿矢りさとかいった名前だったと思うが、芥川賞受賞後、何年も書けない芥川賞受賞作家がごろごろいる。一例をあげれば大岡玲、松村栄子、その他もろもろ。また書いていても、つまらないのしか書けないのがさらにごろごろといる。してみれば芥川賞受賞作家というものはピンキリなんだということがよくわかる、それほどすごいのが今回の石川淳短篇小説選である。すごい作家は最初から最後まですごいし、駄目な作家は芥川賞受賞作品そのものも駄目なら、その後の作品もまともな芸術言語に達していない。松浦寿輝とか堀なんとかといった最近の受賞者も格好だけはまともだが、内実は下手な小説しか書けないし。芥川賞も受賞作なしということを実施しなければ、下手な三文小説家で日本文学はインフレを起こしてしまう、というかすでにインフレ。しょせん芥川賞も商業主義に毒されているにすぎず、まともな言語芸術の道案内の役から降りてしまっている。