森鴎外全集〈10〉即興詩人    ちくま文庫

レビュー

残念ながら・・・

今この本を読もうと思う人の多くは、文語体の美しさを味わいたいと思っているのではないだろうか。
だとしたら、このちくま文庫版「即興詩人」には欠点がある。
「ゐ」や「ゑ」といった旧仮名を新仮名に直してしまっているのだ。これでは文語体の味わいは半減である!

羅馬に往きしことある人は

ほぼ30年ぶりにこの本を読み返してみた。30年前とは私が15歳の頃である。この書き出しから始まり,内容をよく記憶していることに驚いた。また、話しの中味が極めてつまらないことにも驚いた。この本の美点はよく言われることだが、文章の美しさにあり、私はこれを読んでから,擬古文を読むのを全く苦にしなくなった。15歳の少年にはそれだけの衝撃力のある本である。また、年寄りにはつまらない本ではある。

絢爛たる美文にただようロマンの香気

ローマ生まれの青年アントニオが、出会いと別れ、憧れと失望を繰り返しながらついに幸せを見いだすまでの波乱の半生。原典訳も出ているが、どうせ読むなら鴎外の美文で読みたい。現代の我々には難解な用語も多々使われているが、懇切丁寧な注が付いているので心配無用。文語文の簡潔にして華麗な美しさは、口語文ではどうあがいても太刀打ち不可能なものだ。

アントニオはナポリ、ヴェネツィアなど各地を旅行して回るので、イタリア観光案内として読むこともできる(個人的にはゲーテのイタリア旅行記よりも好き)。実際明治の青年たちは、これを読んで異国への憧れをかきたてられていたそうだ。鴎外は舞台の地を自ら歩いたのだろうか、地名や寺院名などのカナ表記がきわめて正確で、さすが文豪は完璧だと感心してしまう。地図付き。