灰燼 かのように―森鴎外全集〈3〉    ちくま文庫

レビュー

明治日本を映す作品集

 この短編集のなかで、私が最も面白かったのは『かのように』だった。歴史学者を目指す華族の青年が、神話と歴史をはっきり区別すべきか悩む話である。現代人にとってはおかしい問題だろう。しかし、明治時代には不可避の問題だったのだ。天孫降臨を基にして、天皇大権体制が維持されていたからである。天照大御神、神武天皇を否定してしまっては、大日本帝国の国体が揺らいでしまうからである。しかし、秀麿は働かなくてもいい、大金持ちの華族なので、歴史の本を書かずに悠々と暮らせばいいのでは、とも思ってしまう。だが、そこが明治の青年の使命感なのだろう。いや、もちろん当時も金だけが大事だという人は沢山いたはずだ。だからこの煩悶は秀麿という優れた男の特権なのである。