- 書名: 生きているのはひまつぶし 深沢七郎未発表作品集
- 作者: 深沢七郎
- 出版社: 光文社
- 出版日: 2005-07-22
- 定価: ¥ 1,680
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レビュー
彼自身の口から語られるもの
例の発禁小説を読んでから私は本書に手を出しました。
だから、彼の言葉に潜む、非常に素直ではない、様々なものを感じました。
それは、右翼に追われる恐怖であったり、長編小説に挑んでも書けなかった自身の小説家としてのある種の才能の無さの嘆きです。
彼はそれらを包み隠そうとしています。
だけれども、ある程度現代に生きて苦労した人にはそれがあっさりと分かると私は思います。
そしてそこから導きだされるのは、やはり、「嘘」や「取り繕い」の大切さです。
私は彼を通して、それを学びました。
彼のような、「正直に思う事」を書いて、殺されそうになり、
その挙げ句に掴んだこういう「虚勢」的なものは、私にとって実に深いものでした。
焦らずのんびりと力を抜いて生きたいですねぇ
「言わなければよかったのに日記」もそうですが、著者の気負っていない生き方に共感が持てます。昨今流行のスローライフと言ったところでしょうか。肩の力が抜ける一冊です。
私の読書は、その本を読んで1フレーズでも、自分の人生に役立てば元が取れたと思って力を入れてしまいますが、著者の作品だけは例外ですね。特に役に立つことはないものの、読んで良かったというほんわかした気持ちになります。ですから、あまり気合いを入れて読まないのが吉。
庶民様様
貧困に惹かれて一読。
「風流夢譚」以降仲たがいの三島への怨恨による否定的態度、倚りかかった相手に甘えを突っ放された際の気もちの切下げ。
とことん失笑を買わずに置けない人間特有の賤しさが本書のどこを切ってもあぶれ出る。
あえて三流をねらった行き方、どこから読むかで自ずと読み手が解釈をよくも悪くもする書物。
深沢七郎の著作のついでに読むのがオススメです。
酷書
久しぶりに酷い本を読んだ。
自由と無責任は異なる。
庶民派だのなんだのいいながら、二流の執筆者、二流のギタリスト。
三島に対しての態度は死後から悪口を言っているだけ。
最低の書物。未発表で良かったのに。
ますます深沢七郎的な生き方がむずかしい今だからこそ
深沢七郎の実に十八年ぶりの単行本らしい。タイトルに惹かれて手に取った。深沢七郎は“庶民派”と言われたけど、それは当時大衆と乖離してしまっていた教養主義、権威主義的な文壇、日本文学に対するカウンターとしての表現だと思う。深沢七郎は庶民の共同体的な意識をこそ徹底的に否定する。本書でも、「人間との結びつきはきらいなんだよ。犬にもあまり慕われるとイヤ。」
「日本人っていうのは、みんなうすぎたないやつだよ、みんな。権威にはウンと弱くてね。」といった言葉が炸裂する。
そして、一見アナーキーなこうした言葉は、人間たって所詮はただの生き物、つまり自然の一部ってことを根本にすえて考えれば理にかなってるのだ。深沢七郎の世界観は、谷岡ヤスジの村(ソン)にも近い。
でも、ラブミー農場も村(ソン)もユートピアであって、多くの人の現実ではない。人間は、たぶん、自然の一部、動物の一員には、もはやなれないから。深沢七郎には、だから共感の一方で反発もある。
いずれにしても、人様の「権威」や「理論」なんてベクトルには動じず、「楽しく暇つぶしで生きよう」って言って、それをまっとうした人がいたってことは覚えておきたい。ますます深沢七郎的な生き方がむずかしい今だからこそ。
