- 書名: 山中静夫氏の尊厳死 (文春文庫)
- 作者: 南木佳士
- 出版社: 文藝春秋
- 出版日: 2004-02
- 定価: ¥ 530
- この本の詳しい情報(Amazon)はこちら
レビュー
安楽死と尊厳死 その多元性と多様性
山中静夫氏の尊厳死 南木佳士 文藝春秋 1993
タイトルの作品と「試みの堕落論」よりなる。
読んでいてすぐに分かったのは、南木佳士さんご自身を書いているのだと。多くの死を看取り、その結果として自身がパニック症候群かうつ病になられた歴史である。そして、人の死が多様であり、個人や家族にとっての死がいかに多元でもあることを一人の末期がん患者の方の生き方を通して書き綴っている。安楽死と尊厳死の根本的な違い、文脈の違い、医師と患者との関係性の中での「死」。南木佳士が根付いた信州佐久の自然の中でこそ書き得た限りなくノンフィクションの近い文章であろう。決して都会の病院では成立し得ない「魂あるいは心」の最終到着点である森や渓がそこにあったのだろう。
「試みの堕落論」は南木さんの国際医療協力でカンボジアに滞在した時の事を元にした文章。
誰にでもおすすめというわけではないが
表題作は末期患者と医師とのやりとりを通して、それぞれの家族を含めた心の葛藤を静かに淡々と綴られている。私も数年前に父を肺癌で亡くしているが、読みながらいろんなことを思い起こさせられた。当時医者とは冷たいものだと思ったが、医者には医者のいろんな事情があるのだということがわかった。作品の中の患者や医師の心情や機微の記述は実際に医療現場に携わる作者ならではだろう。それはおそらく作者の仕事のスタンスでもあるのだろう。それぞれの登場人物に対する作者の暖かなまなざしが感じられ、作品を救いのあるものにしている。
癌告知に関する医師の心理
癌の告知をして欲しくない患者や家族の気持ちは分かりすぎるほどよく分かっていた主人公の医師。しかしその嘘を支え続けるには体力も気力もいる。嘘はついた方の人間にその責任のすべてがかかってくる。
他のエッセイでも著者が述べているように、何百人もの死を看取ることに慣れることはない。
