- 書名: 光
- 作者: 日野啓三
- 出版社: 文藝春秋
- 出版日: 1995-11
- 定価: ¥ 1,937
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レビュー
聖なる至高体験
この作品は、宇宙飛行士の月面での体験、帰還してからの自己忘却、そしてその後記憶を取り戻す過程を通して、言わば「至高体験」を表現したものです。 本作を通して、生を生き直す貴重な体験を、読者は得られます。
日野氏らしい、宇宙的想念が色濃く反映された作品であり、「闇が光(モノ)を倦みだす」という氏の哲学が傑出されています。月面での描写と、東京の西新宿のビルの地下にあるホームレスの住処の描写とをシンクロナイズさせる辺りがやはり日野氏の手腕です。SF小説というものは、ややもすると安っぽい作品になってしまう可能性が大きいものですが、本作での絶妙なバランス感覚、ただの妄想でなく現実的に月へと飛翔する時代となった東京の様子があまりにリアルです。看護婦である黄慧英(ホアン・ホエイン)や黄河、連翹そして月などの様々な「黄色」の描写が鮮やかに印象的で、美しく雄大です。また、最後の月から地球に着地する時のジョークが面白い。これは何か平野啓一郎氏の『顔の無い裸体たち』の最後のジョークの描写で参考にされているような気がします。
氏の作品を読んだ際には、舞台が東京であれば私は追体験をするのですが、本作での多摩センターの「神殿」を体験したいと思い、やはり行ってきました。そうしたら、本当に素晴らしい。こんな神秘的な場所が東京にあったのかと、驚きました。まさにシュールレアリスム作家。みなさんも、是非!
いずれにしても、当然この作品もそうですが、氏の作品を読んでいると、自分の中に無意識に抑制してきた過去が次々と立ち現れてきて、痛ましさと同時に懐かしさも感じさせられます。世界は危険で恐ろしく美しい。闇の中に光を感じて生きていこう。そう思いました。
わずか一瞬の生の輝きを描き出す
近未来の東京。月から戻ってきた宇宙飛行士は、逆行性健忘症で、長期間精神病院に入院していた。彼を気にかける担当看護婦黄慧英と、担当省庁の石切課長。少しずつ記憶を取り戻す宇宙飛行士が思い出したものとは……?
冷静で論理的な筆致で、少し現実離れした幻想的な内容を書いていく、やや矛盾した絶妙なバランス感覚が日野啓三の文章の凄さだと思いますが、本書もその「らしさ」が良く出た好著です。近未来の東京に捧げるオマージュのようでもあり、生とは何か、人間存在とは何かを、深く追究する筆者の試みがじかに感じられもします。広大な宇宙と地球の、無限の時空の中で、わずか一瞬の生を得て輝く、人間の哀しくも美しい姿を描き出す作品です。
