西園寺公望―最後の元老 (上巻) (新潮文庫)

レビュー

興味深くはあるけれど

「最後の元老」として大東亜戦争開戦直前まで、天皇の側近くに仕え、首相推薦の任に当たった西園寺公望公爵の評伝。小説ではないので、事実を淡々と書き連ねた地味な作品ですが、フランス留学中の交遊関係や柳橋芸妓との艶めかしい関係、30年以上侯爵だったことなど、興味深いこともわかりました。権力に執着のないまま総理大臣になったというのは、ちょっと宮澤喜一元首相に似てるなぁと思いました。ただ、全体を通して、「司馬史観」というか、「自虐史観」「マルクス主義史観」にとらわれた、ニッポン最大悪玉的な論調が目立ち辟易しました。尼港事件すら「大義名分なきシベリア出兵のいたましい犠牲であった」といわれては…。バランスの悪さを勘案して星二つです。

老兵は死なずにただ去るのみ

~最後の元老、西園寺公望の生涯を綴った論説。いわゆる伝記的な華
やかさはない。西園寺は立命館大学を設立し、第二の帝国大学京都
大学の設立にも尽力している。本書の著者は京都大学を卒業し当時
立命館大学名誉教授の職にあったことから、単に西園寺の偉業に光
を当てる伝記的な作品かと思われたが、一読すればそのような懸念
は杞憂だったとわかる。

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もちろん西園寺の経歴や明治天皇とのあつい信頼関係に基づいた政
治的影響力(元老が西園寺ただ一人になったことで事実上内閣総理
大臣の指名権は西園寺一人にあった)にも話は及んでいるが、第二
次世界大戦に際し、軍部(統帥権)の暴走を押さえきれなかった政
治家としての敗北、元老としての威信の失墜にまで論は及んでいる
点が評価できる。

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また、興味深いのは元老としての西園寺の敗北は、統帥権の突出を
押さえきれなかった政府、政党の敗北と重なっており、元老として
の西園寺の敗北が、国務と統帥が分離し、統帥の突出によって、両
輪のバランスを失い、道を踏み外していく明治憲法下の日本の姿を
浮き彫りにする点である。~