ヰタ・セクスアリス    新潮文庫

レビュー

これはニヤニヤしながら読むべき本。

初めて読んだ時には何が何やら分からなかったが、
今改めて読むと発禁になったことにも頷ける。
昔の青年らもきっとニヤニヤしながらこの書を読んだのであろう。

自慰について、DT喪失について、男色について、女の子の股間について、吉原について、
極めてマジメに格調高く、多少の衒学を交えながら描かれている。
鴎外先生がDT喪失の質を素人と玄人とで分けなかったのには地味に癒された。

巻末解説でも触れられているが、児島がきんとんを食うくだりは簡潔ながら美しい。
加えて個人的に鰐口の女性観が説明されるくだりを名文として推したい。

おおらかな性

 明治42年発表の掲載雑誌「昴」は発禁になったというヰタ・セクスアリス(性的生活・ラテ
ン語)であるが、こんにち読んでみると懐かしさのようなものが先にたってしまい性的な内容
はその当時ほどのインパクトはない。口語体ではあるけれど文章が今とはよほど違う感じがす
る。「お父様が東京へ連れて出て下すった。お母様は跡に残ってお出(いで)なすった。」・・
硬派・軟派の話、寄宿舎での話は今では犯罪としか考えられないがその当時はそのようなこと
には今よりずっとおおらかだったのであろう。主人公(鴎外)が色黒の醜男で無骨な田舎者とい
うのが太宰の自伝的小説「晩年」と似ているのがなんだか可笑しかった。
 この文庫は文字表記を現代的に改めているという。旧仮名づかいを現代仮名づかいに、読み
づらい語句をひらがなに(恰も→あたかも、併し→しかし、流石→さすが等々。)
この方針はこの作品に限らないようだが、今はパソコンの浸透のおかげで難読漢字も皆読める
ようになっているのだからなるべく原文に近い形で出版して欲しい。極端な宛て字であっても
ルビをふればよいのではなかろうか。いっそ旧仮名づかいでもよいのではとも思ったり。

明治の問題作

『ヰタ・セクスアリス』です。明治の文豪森鴎外の作品ですが、当時発売禁止処分にされてしまった問題作です。
でも現代の観点からすると、淡々とした語り口で別に問題はありません。過激な性描写もありませんので、R指定する必要はありません。むしろ、主人公が若い頃の森鴎外の分身なので、青春モノとしていいのではないでしょうか。

当時の発禁が今では淡泊に感じるのですから、周囲の価値観には相違があるのでしょう。でも時代の違いは関係なく、若者は青春の中で常に性と何らかの形で向き合うことになるのでしょうから、若き鴎外がどう考え感じていたのかについて触れるということで。

小説として、ストーリーの起伏というものについては、さほど求められません。主人公の内面描写がメインです。鴎外が生きた時代に触れることができる、という意味でも有意義ではあります。

告白日記

 主人公「金井」のモデルは鴎外自身だ。
淡々とした文体で性描写がかかれている。黙々と事実に接近するように書かれている。
・・・吉原での童貞喪失シーンは、詳細に書かれているが、いやらしさはない。静かな内面吐露だ。
 
 「全ての芸術は性欲の発現である」
主人公は、その言葉が本当なら、自分は人間として失格なのではないかと自身の性生活を書き記して、性が人生にどれほどの影響を与えるのかを分析する。

 当時の政府には、歓迎されない内容だったらしく発禁処分になった作品だ。 現代では、むしろ淡白で問題ないだろうが・・・
時代は変わるということなのか。

autobiographical confessions

明治に発表され、その過激さから発売禁止となった作品。
鴎外の性的自伝小説であるが、正直なところ、現代の感覚からだとまったく過激さからは遠いものとなっている。
しかしながら、この作品でも鴎外の筆致は確認できるし、何よりも面白い点を含んでいる。
それというのは、鴎外のありのままを鏡を見ているかのように見ることができるということだ。
「僕という人間はかようにして育ちました」
そう告白しているかのような小説。

幼い頃の体験から、異性との交遊、大学時代の硬派(男色家)と軟派(好色家)の話など、興味を持てることが多い。
ああ、鴎外という人間も、「人間」なのだなぁ、と共感しうる作品ではないだろうか。
また、彼の生きた時代というものを感じられるものであるとも思う。

そうして、彼の性的生活は、舞姫へとうつりゆくのだろう。