- 書名: 青年 新潮文庫
- 作者: 森鴎外
- 出版社: 新潮社
- 出版日: 1948-12
- 定価: ¥ 380
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レビュー
人生の生き方を追究した明治のインテリ青年像
鴎外は私にとって過去の作家だ。しかし、彼の全作品は一貫して人生如何に生きるべきかの率直な問いが根底にあるのが私には何よりも好ましく、そういう鴎外に私は痛く共鳴したものだ。その中でも「青年」は田舎から上京してきたインテリ青年が小説家を志しつつ様々な出会いを重ねながら成長する姿を描く所謂教養小説で、鴎外の人生論的探求の姿勢を、明治の文学青年を通して描いた作品であり、その青臭さと高踏派的な姿勢が何とも言えず好きだった。
鴎外はやがて題材を同時代ではなく歴史から求めるようになり、更には「渋江抽斎」などの所謂史伝ものに辿り着く。そこで彼が到達した「諦念」という結論は、今の私が得ている人生観とは残念ながら全く異なるし、もはや私には関心がない。
だが鴎外には私の青春時代における懐かしい友のような気持ちが今でもある。「青年」で描いたような明治大正風の文学的・哲学的青年像に憧れがあったのかもしれない。そして私は同時代・同世代の浮薄な若者が嫌いだったと今にして思い出すが、今となってはその嫌悪とも憎悪ともつかぬ思いももうどうでもよいことだ。
しかし、鴎外の人生論的探求姿勢は若い人たちに学んで欲しい。鴎外文学としては本作はとっつきやすい入門篇ではないかと思う。
盲目なる策励
風俗や言い回し等は今とはよほど違うけれど読み進めるうちに100年も前に書かれた小説とは
とても思えなかった。田舎から何事かを成し遂げようと上京した青年の(短期間の)話だけれど
その青年の心理描写が主でありまた微妙にうまく書き綴られているので今でもちっとも古く感
じない。坂井夫人とのいきさつなど主人公の優柔な性格か、時代のせいか、はっきり書かれて
いないので却って今読むとエロチックな感じさえする。その当時の実在の人物がちらほら出て
きたり主人公が鴎外と重なるようなところもあって時代背景がもっとがわかれば別の面での面
白さもありそう。ヰタ・セクスアリスの続きかとも思えるところもあるが「青年」が違うのは主人公
小泉純一が美青年で女性にもてもて、というところだろうか。
仏語が頻繁にでてくるのは煩わしいがその注が最後にまとめてあるのでページを行き来するた
びに話が中断してしまう。これはなんとかならないか。
鴎外版「三四郎」
漱石の三四郎(明治41年)の発表の2年後、明治43年から、翌44年にかけて発表された長編小説。随所に、美しい描写が光る。たとえば、少女お雪さんとの出会い、その淡い交流。未亡人坂井夫人との出会い、その息詰まるやりとり。芸者おちゃらの不思議な存在感。箱根の女中お絹さんの清廉な美しさ、等。
小説として変っているのは、議論が多いことだ。漱石がモデルの人物は語る。個人主義は、放縦ではなく、始終向上して行こうとする意思だ、と。「習慣の朽ちたる索」を引きちぎって棄てるのは、「強い翼に風を切って、高く高く飛ぼうとする」ためだ(P45-48)。
それを基に、主人公小泉純一らは、議論する。「永遠の懐疑」である消極的新人ではなく、「破壊しては建設する」積極的新人はあるのか。積極的新人は、その建設した「何者かに捕らわれる」。ただ、「縄が新しくなると、当分、当りどころが違う」から、束縛を感じないだけだ(P51-54)。
さらに、個人主義には利己主義と利他主義がある。利己主義的な個人主義は、「権威を求める意志」であり、「人を倒して自分が大きくなる思想」だ。それは、無政府主義であり、悪だ。しかし、利他主義的な個人主義もある。忠義は尽くすが、「臣妾」ではない。孝行は尽くすが、「奴隷」ではない。個人主義でも、自己犠牲はあるが、「生を否定して」死ぬのではない。そして、「今になって個人主義を退治ようとするのは、目を醒まして起きようとする子供を、無理に布団の中へ押し込んで押さえていようとするものだ」(P162-166)。
現実の歴史は、無理に布団の中に押し込んで、押さえてしまった。
成長期の心の揺れを描く
作家になりたいという希望を持ち、東京に出てくる小泉純一青年。下宿のとなりの娘さんとの淡い恋がありながらも、演劇を見に行った先で会った坂井未亡人に惹かれて行き・・・。主人公の心理の動きを内面的・観念的に描写していく漱石に比べると、似たようなテーマを扱っても鴎外は、主人公をどこか突き放すように客体化していて、淡々と表現するのが得意なようです。
この作品も、成長期に特有の心の不安定さは描いているものの、小泉青年にその現実から離れたい、というようなエネルギーはあまり感じられません。とどのつまり現状を肯定してしまうところが、鴎外の良さでもあり限界でもあるのでしょう。古典としていつかは読みたい本。
漱石の「三四郎」が好きな人は必読!
文学を志す青年が、上京し、理想と現実のギャップに戸惑いつつも、自分なりの解を見つけて行く姿を描いた青春小説。夏目漱石の「三四郎」と雰囲気が似ており、漱石ファンの私としては、鴎外もなかなかいいなあと、近代文学を再発見することができました。要所要所にフランス語が出てくるのが、なんともその時代の有識者階級の雰囲気を伝えています。人生の岐路に立っていたり、理想と現実のギャップをどうしていいか分からないときに、ヒントを見つけることができるかもしれませんね。
