逆説の日本史 16 江戸名君編~水戸黄門と朱子学の謎~

レビュー

中味充実!充実の一冊

T.お勧めポイント
@上杉鷹山の改革へ新らしい視点からのアプローチを提示
これまでの鷹山の改革にまつわる書籍が専らその偉業を讃える視点であったのに対して(これはこれでよい)、著者は改革反対派が抱いていた価値観,正義とは何物だったのか?という視点でアプローチする。それによって鷹山の改革、ひいては一般的な「改革」とは何か、を探る。洞察力に満ちた分析はとても興味深かった。
A江戸時代の日本儒学が整理されている
林羅山を皮切りに、山鹿素行,山崎安斎,熊沢蕃山,水戸学よくぞここまで!!。山本七平氏の「現人神の創作者」等の研究成果の更なる発展・整理を成し遂げた感を受けた。しかもとてもわかり易く。ここまで研究して発表するまでに著者はどのくらいの時間をかけたのだろうか。
Bわかり易さ
これは井沢氏の他の著作にも共通することで、説明不要。

U.不満ポイント
特に無し。

思想としては、深くないのではないか?

 『逆説の日本史』シリーズ1〜16全体についての感想です。

 聖徳太子の「和を以て貴(たつと)しと為し、忤(さから)ふこと無きを宗と
為す」という思想に典型的な、「和」教の存在がシリーズ全体の前提になって
います。

 「和」教は「平和>正義」文化でもありますが、その起源をどう考えるか、
というところまでは深掘りされていません。

 例えば、「八百万の神」は、「恵み」をもたらす神であると同時に「タタリ」を
もたらす神でもありますが、ある神の顔を立てある神の顔を潰してしまうと、
顔を潰された神の方から「タタリ」を食ってしまう。

 だから、「何が正しいか」よりも、すべての神の顔を潰さない事の方が
ずっと重要で、その結果「和の精神」が生まれたのではないか?
私はそう考えていますが、そういう所まで踏み込んで考えられてはいません。

 「平和>正義」文化では、例えば、正しい事を言って座をシラけさすヤツは
嫌われます。平和が何よりも重要です。しかし、著者が別の著書でも言っている
ように、世界ではものすごく少数派であるのも事実です。

 世界では、逆の「平和<正義」文化が圧倒的に多数です。
著者が言うように、アメリカVSアルカイダのように「正義とは何か?」
という解釈の違いで戦争まで起こっています。

 しかし、日本国内では「憲法9条」擁護派のように「平和>正義」文化が
世界の常識(多数派)であると思い込み、「9条」を御神体のようにあがめ
「平和!」「平和!」と叫んでいれば平和が来る、と信じている能天気な人が
大多数である、という著者の主張もその通りだと思います。

 だから、「9条」を改正し、「平和>正義」文化→世界の多数派の文化
(「平和<正義」文化)に乗り換えよう! 
というのが著者の主張なのだと思います。

 たしかに、「平和>正義」文化には実用性は今のところ乏しいのですが、
だからと言って日本固有の文化をそんなに簡単に乗り換えて良いものなの
でしょうか?

 例えば、日本の「平和>正義」文化が世界の少数派である事を自覚して、
世界にもっとアピールしていくような道は無いのでしょうか?

 こういう葛藤は著者には見られません。

 また、「9条」を改正し、国際的な紛争の解決手段として「戦争」を選択肢に
入れてしまう事は、集団安全保障の枠組みには参加できるものの、「正義とは何か」
という解釈戦争に巻き込まれてしまう事でもあります。

 そういうリスクについては触れられていないようです。

 以上のような事を考えると、(著者の「信者」の方は激怒されるかもしれませんが)
このシリーズは読み物としてはたいへん面白いものの、思想としては深くないのでは
ないか?

 そんなふうに感じました。

儒教の影響

前半は、名君とされる人物の行動を介して、儒教が政治に与えた影響を解説しています。
日本においては、政治と宗教は別物という固定概念があるだけに、
儒教が与える影響は驚きでした。

後半は、江戸文化についてです。
平家物語や太平記、歌舞伎について、成立の仮定を時代を超えて解説しています。
こういう文化が人々に浸透し、意外に文化レベルが高いということなど、
固定概念が崩され、すごくおもしろいです。

時代、時代の出来事を流れで解説していただくと、
また違った発見があるように思えて新鮮でした。

日本史の総合的理解への叡智を感じる!

怨霊鎮魂といふ日本史に隠されたテーマをきちんと踏まへつつ、日本史の立体的な理解に努められて居り、天才的な、そして、継続的な努力には頭が下がります。この巻では、儒教が日本に広まって行った流れと背景を武士の登場、「太平記」の読まれ方、普及の在り方で鋭くアプローチされて、日本史の生き生きとした理解の仕方を提示してゐます。又、歴史理解が一部のセクト主義者によって総合的な理解を妨げられてゐる事もよく分かりました。井沢氏の更なる活躍を祈念してやみません!

朱子学、及び「太平記秘伝理尽鈔」

この本を読んで良かったことを挙げれば、先ず、江戸時代の儒教の流れ、系譜、内容、その理論の歴史への影響が良く纏められており、系統だてて理解出来たことでしょう。
朱子学と陽明学の違いと系譜、そして何故朱子学が江戸幕府によって保護され、陽明学が異端視されたかと言うことです。

もう一つは、「太平記秘伝理尽鈔」の存在を知ったことでしょう。
この「太平記」と同じ素材を扱っていながら、全く異なった物語になっている云わば「アナザー太平記」の存在を知っただけでも、この本を読んだ価値があったと言えるでしょう。
(近いうちに読みたい本が又増えてしまいました。)

更には、「平家物語」の成立の事情や、そこからくる日本社会全体に与えた大きな影響(識字率に貢献)についても、興味深く読むことが出来ました。

ただ、いつもながらのことですが、論理の「くどさ」がやや気にはなりますが・・・。