狂風記 (上) (集英社文庫)

レビュー

文庫版について

オリジナルの作品は旧仮名使いで書かれているのですが、文庫版は新仮名使いに改変されています。

明治時代の作品を読みやすく改変するのはまだしも、この作品は意図的に旧仮名使いで書かれたものであり、新仮名使いへの変換が作品の質を変えていることは否めません。

著者の了解を得て改変しているようですが、作品に興味のある人は旧仮名使いの単行本で読むことをお奨めします、

もし文庫が再版されることがあれば、オリジナルの形で出版して欲しいものです。

日本語と日本文学の、ひとつの頂点

~まずは冒頭の数行をぜひ読んでほしい。きっと驚くことだろう。ほんらいは旧字旧かなで書かれた作品だが、このスピード感、そして、ロックンロールのようなドライブ感。表現は斬新で、精確で、それでいて、なにより上質の日本語なのだ。
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はじめの数行が気に入ったら、さらに2、3ページ読んでみるといい、この展開のすごさ。即興のような勢いを保ちながらも、一行一行、たしかな思想と文章思考がまるで生き物のように自在に物語を運んでいく。文字の力は圧倒的で、これは石川淳を読む醍醐味でもある。注意しなくてはいけない。そこには書かれていないものがたくさん隠されているのだ。数十ページ~~分の思考内容が2、3行に収められていると思って読んだほうがいい。石川淳は、徹底的に推敲して、徹底的に省いていく作家だ。たんなるマゴとヒメの出会いのシーンだと思わないほうがいい。人間存在への深い洞察と批判精神が、強烈なちからで物語を規定している。どのシーンにも意味があるのだ。なぜゴミのなかから人間が出てくるのか、なぜ骨なのか、すべて意味~~があるのだ。それがそのまま類いまれな詩心へと通じていく。
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石川淳はもともと日本語の名手として知られており、あの『折々のうた』で知られる大岡信が大先輩として一目置いていたほどだ。そんな大家が、晩年になって、これほどの実験と冒険心に満ちたロックオペラさながらの作品を仕上げてみせたのだから、わたしはこれを読んだ十代のころ、ずいぶん興奮したものだ。すごい作家がいたものだ。しかも、これだけオシャレ~~でブッ飛んでおりながら、それがしっかり日本語の伝統に根ざしていて、上質の日本文学として成立している。むしろ周りの若者がなかなかついていけなくて、評判が遅れ気味になったくらいだ。
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石川淳はこの大作を十年にわたって書いた。まいにち、自らの文章を音読して(わりと大きな声でしっかり音読していたらしい)は書き直し、音読をかさねては書き直し、何度もやり直して、そうやって一日数行ずつ書き継いでいって、十年かけて完成させたのだ。
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美しい文章などいくらでも書けるような日本語の名手が、一行一行に勝負をかけて、そうやってできたこの作品は、いまだに前衛的で、内容もすごい。人間の命がそのまま息づいているような迫力がある。~