- 書名: 夢の島 (講談社文芸文庫)
- 作者: 日野啓三
- 出版社: 講談社
- 出版日: 1988-05-02
- 定価: ¥ 987
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レビュー
日野氏の光景を見るために
この作品を読んだ人は、是非とも実際に独りでバスで晴海埠頭まで行って、日野氏の思想をそこから見える東京の絶景に絡めてみてください。そうすることで、初めてこの『夢の島』を本当に理解できます。魂が揺すぶられます。ただ読むだけじゃなくて(読み物としても十分凄いですが)、日野氏の足跡を自分も実際に追うことで、自分の視覚及び身体と、日野氏の魂の光景とがシンクロしてくるのです。というのは、今日僕が晴海埠頭までバスで行って来て感じていることです。これはまじでヤバイ「体験」です!因みに今日、なんと作品と同じように「コミケ」が「スタディアム」でやっていました!仮装姿の男女の群れが、東京で抑圧された自我を解放していました。そしてこれは必然です。そんな気がします。
本当は細かいことを延々とレビューしたいのですが、字数制限があるため、逆に簡潔に終わります。一言で言えば、「『夢の島』の思想を携えて晴海埠頭(埋立地)から東京を「見」てくれ!」ということです。晴海埠頭からの東京の景色をただ「綺麗だ」というのじゃなくて、「無機物を含めた生の循環」という「思想」を踏まえて東京を見てみてください。「東京湾の向こうに写るあの大都会東京のゴミが、この今自分が立っている埋立地である晴海埠頭を創っているのか」などと。そうすることによって、単に現象的な美しさだけじゃなく、本質的な東京の美しさや愛しさが、自分の内面から湧き出るように見えてくることは請け合いで、日野氏の光景を本当の意味で「見る」ことが出来るのです。なんか繰り返してばかりですが・・・本当に、是非とも!!
「シュールリアリスム」作品と言いつつ、現実世界から離れ過ぎてリアルが感じられず、その訳解からなさ無さや多義的に捉えられる曖昧さ故に、却って「これは傑作だ!」などと評される作品が世には存するかと思いますが、この『夢の島』はじめ日野氏の作品は、現実に何処までも肉薄していて、そしてそのリアルを高次に見据えたうえに生じる世界観が描かれており、まさに「シュールリアリスム(超現実)」作品の代表格であると言い切れる気がしています。文学を通して、ただの幻想ではなく、「本当の意味でのリアル」を得たいと願う人には、日野氏の作品はお勧めです。それまで当たり前で常識だった古い現実が、ベロンと捲り取られていきます。
幻想の中に脈動する圧倒的な現実感
中年の主人公が自らの無意識に導かれるように東京の埋め立て地を訪れる。そこは廃棄物が集積され、腐食し、発酵し、そして荒々しい自然の姿を取り戻している。エントロピーの増大の流れの中で反エントロピーの秩序によって出現した小島。その鮮やかなパラドクス。主人公はそこに都市の発展と荒廃、生命体としての都市の生死を透視する。まるで荒漠とした埋め立て地に轟々と風が吹き荒れているような、虚無感と不思議な高揚感が絡み合った傑作。
またこの時期(八十年代中期)の日野啓三の小説は、「都市幻想小説」と一般的には括られているようだが、しかしどんなに現実をなぞってもリアリティーの希薄な小説が多い中、この作品を覆った幻想性の中には、圧倒的な、ひりつくような現実感がみなぎっている。きっとここに描かれた想念こそが、氏にとっては日常という虚妄の向こうのまぎれもない現実なのだろう。
不断の変化のなかの、一瞬の静をとらえる
建設会社に勤める五十すぎの男、境昭三。彼は埋立地から眺望する東京の全景が好きだった。バイクを疾走させる若い女と邂逅する境が見た東京とは……。東京の高層ビルの無機的な美しさ、しかし、そうした無機的なものにもいつか終わりが来る。そうした意味では、ビルも東京も有機的に生きているのではないか、という筆者の感覚、世界観が伝わってきます。不断の変化のなかの、一瞬の静をとらえる、そんな美しさを体感できる小説です。
