智恵子抄 (角川文庫)

レビュー

文学というより、哲学。

文学としてではなく、
一人の人間の感情がステキ。

鳥になってしまった智恵子、
ただただ側にいる光太郎。

愛の円環を描く

私は初めてこれを読みはじめたとき、一体智恵子と光太郎とはどんな間柄にあるのだろうと思った。そしてまさか夫婦ではないだろう、むしろ愛人や一方的な片想いの詩なのだろうという印象だった。それほどまでに光太郎の智恵子への想いばかりがほとばしり、逆に一見しただけでは智恵子からの愛の返答がテクストの中に表現されていないと感じられたからである。

確かに、円熟した愛というよりは、届かぬ人への恋焦がれの詩のようである。しかし、実際はそうではない。それは妻智恵子への限りのない愛の表現であり、枯れることのない光太郎自身の泉であるばかりでなく、智恵子にとってはそれ以上の愛の源であることがわかったとき、この詩が描く愛の円環、2人の本当の姿が見えて私に強い感動をあたえたし、多くの読者を魅了するのもこの理由によるものだと思う。

例えば「僕等」の中で光太郎が書いているが、「凡てが絶対だ」と語の意味通りの真実味をもって伝えることのできる詩はそう多くはないだろう。