よだかの星 (日本の童話名作選)

レビュー

昔読んで感動したので・・・

よだかの星は、いつ読んだのか覚えていませんが多分小学生の頃に絵本で読んでとても感動したのを覚えています。
とても悲しい話なのに不思議な内容で、よだかの住む森の情景や美しい星になったよだかの姿をハイビジョンのスクリーンで見たような強い印象が残っています。
今回大人になってもう一度読み返して、あの当時のような純粋なイマジネーションは体感できませんでしたが、変わらぬ感動がありました。
是非子供のころに読んでもらいたい本のひとつです。

高山侑子さんに、惚れました。

高山侑子(たかやまゆうこ)さんの表紙にひかれて購入しました。

ほかの文庫の表紙を飾る女の子たちも、単体で見れば綺麗でしょう。
でも顔立ちや髪型や雰囲気が現代風すぎて、肝心の中身である古典作品には馴染んでいないと感じます。
時代を超えた文学作品には、その時々にもてはやされているファッションや顔のつくりは、かえってじゃま。
夏帆さんの表紙も、今はいいけれど、数十年後手にとったら、古くさく見えるんじゃないかな。
80年代、女性のほとんどは松田聖子さんと同じ髪型でしたが、今そんな髪型してる人は皆無ですよね。
その点、高山さんの目の美しさ、顔立ちの凛々しさ、飾り気の無い黒髪は、いつの時代でも通用するもので、
このSDP文庫シリーズを数十年後再び手にとったとき、変わらずに「綺麗な人だな」と思える表紙は、この本だけかもしれません。

「よだか」という鳥

よだかの星 (宮沢賢治どうわえほん)

宮沢賢治の名作。姿が醜くて、仲間の鳥たちから毛嫌いされている「よだか」。この地上のどこにも自分の居場所のないと感じ、天の星になるべく上空へと翔け上っていきます。1986年11月発行

賢治と、村上康成の、コラボな世界。

正直、息子にせがまれてというより、
親のワタシが、ある時、無性に読みたくなって衝動買いしました。

賢治は、「死」をどう表現していたんだっけなあ、と。

たしかに、内容的には、6歳児には、ちょっと早すぎたかも?!
仏教思想に彩られた深い諦念(祈りにも似た)があります…

けれど、「死」という得体の知れない現実に目覚めつつある息子に、
この絵本の世界を通して、ナニカを感じ取ってもらえたら…

もちろん、答えはありません。
その点では、大人も子どもも、平等なのです。

答えのない「疑問」を持ち続けるのも、勇気だと教えたかったんですね。
いま、考えると。
読み聴かせの時間を共有することで、子どもの「怖れ」を、
自分も共有してあげたかった!

親子で大ファンである、村上康成の挿絵も大作で、見逃せません。
賢治の世界に挑んでいます!!

生きるということ

昔々、小学校6年生の時にこの「よだかの星」で感想文を書かされました。
書かされたというのがチョッとまずい表現ですが、担任の先生の指導で全員が
読書感想文を書いたのです。
なんとなく当時から人間というものに不信感?を持っていた私は、生きていくために
他の命を奪うことへの嫌悪感を書いた記憶があります。
今思い返せば、自分自身でもこれでは救いがないと思ったのか、最後に稚拙な言葉で
「よだかが星になったのは神様がかわいそうに思ったから」という一文を付け足しました。

クラスから一人選ばれた私の作文は、先生の添削でその最後の一文が削除されていました。
その時は「先生はなんで消したんだろう。」と思いました。多分唐突な文だったからでしょう。
しかし、数十年後の今考えることは、そうでも思わなければ、やはりつらすぎる話です。
今、もし感想文を書けといわれたら、私はやはり最後の一文を付け足すでしょう。
「いのち」というものは大変に重いものであり、そして、現実社会では限りなく「軽い」
ものになっているとしか思えないからです。

この本を子供に読ませました。何をどう感じたかは言いませんが、何かを感じ取ってくれたと思います。

宮沢賢治が「救い」というものをどう考えていたのか、私には分りませんが、私個人の
想いでは、「神」、「仏」、「God」、「オバー・マインド」など、どのように言っても、
そのような存在を考えてしまう作品です。